父親を諦める

私と父親は仲が悪い。

今、妹が巣立ち、母が亡くなり、この家に残ったのは、家で1番仲の悪い私と父親の2人になった。

 

クラクラする。

目眩がして倒れそうになる。

父親は何故、私のやることなすこと考えることを全て不満に思うんだろう。分からない。

家族とはいえ、そんなに自分でないもののことが気になるか?誰がなにをしようが、どうでもよくないか?よくないんだろうなあ。

 

父親は、すぐ物を捨てる。

自分が、なにも持ってないからだろう。人が大切にしているものも、どれだけそれが大切かなんて全く分からないのだ。人の感情を推し量れないのだ。可哀想な奴。

 

妹が就職して、家から巣立ったとき、父親は妹の居場所をなくした。

何故?

妹は帰ってくる。就職して一人暮らしをしたからってこの家のものでなくなるわけじゃない。当たり前だ。

母が亡くなったときも、母の物を捨てた。

そして、私のものを捨てようとしている。

自分が、なにも、もっていないから、そんなことできるんだろう。

 

耐えられなくなって、親戚の家に世話になった。父親に会うこともなくなった。

しかし私は家が好きだし、自分の部屋で休息したい。

それに、母がこの状態をはたして望むだろうかと。望んでるわけがない。

折り合いをつけて、生きてかなきゃ。

そう思って家に帰った。

すると父親は「もうなにもやらなくていい。洗濯も自分のものだけやればいい。食事も作らなくていい」と言った。

この言葉で私の心は壊れてしまった。

いいのだ。自分のことだけやればいいと言われたのだから、やっと父親を排除できることになったじゃないか。嬉しいことなんだ。

なのになんでこんなにショックを受けているんだろう。

それはきっと、少なからず父親に「期待」をしていたんだろう。

どうにかなる、なんだかんだ言って親子に戻れると、思ってたんだとおもう。

 

心が割れそうだ。

もうなにも期待したくない。

絶縁したい。

さっさと再婚でもしてどこかへ行って欲しい。

私もどこかへ行きたい。(でもできない)

 

世の中の、父親と相容れなくて悩んでる人たち、結構こんな状態の親子はいる。だから安心して欲しい。というか私が安心する。

親だから立派なわけじゃない。

立派な人たちもいるけれど、それは「親」だから立派なんじゃなくて、人間として立派な人が親になっただけなのだ。

 

家以外の居場所がある人は、そこから逃げよう。逃げる事は悪い事じゃない。

私のように他に居場所がない人、一人暮らしできるお金もなく、とどまることしか出来ない人、一緒に頑張ろう。

もしかしたら、ずっと心を殺して生きていかないといけないかもしれない。でもきっと自分よりも早く親は死ぬ。それまで頑張ろう。

 

お母さんに会いたい

会いたい

なんでいなくなったの

無理だよ

 

どんなに楽しいことがあっても

楽しいことよりも苦しい方が大きいんだ

つらい

やっぱりどうしても楽になりたい

笑ってサヨナラ

とつぜん、笑ってサヨナラを聞きたくなった。

フジファブリックの曲だ。

当時フジファブリックのボーカルだった志村さんは、2009年のクリスマスイブに亡くなった。

亡くなっても志村さんの音楽はそこにここに生きていて存在している。

今だってアイフォンから流れる志村さんの声は、まさかもうこの声の持ち主はいないよなんてそんなこと思わせるわけもなく。

 

その昔、従姉妹の恋人が、自殺した。

その話を知ったのは、2009年のことだった。

恋人が亡くなったのがいつなのかは分からない。2009年より前なのは確かだ。

 

そのことを私が知った時、なぜか志村さんの歌を聞いて欲しいと思った。そんな残酷なこと出来るはずはなかったけど。※志村さんの死因が自殺かは分からないし違うだろうことは念頭に置いて

 

恋人を失った従姉妹は、母を失った私にずっと寄り添ってくれた。苦しいことに、母を失う前までは、ほぼ絶縁状態だったのだ。失って、そこから私は、得た。

今の今まで、恋人をなくしていたことを、忘れていた。フジファブリックが聞きたくなったのは、それを思い出したからだった。

 

 

笑ってサヨナラしてから

間違い探しをしていた

どうしてなんだろう 

間違い探しをしていた

 

 

私は違う

笑ってサヨナラできなかった

笑ってなんかなかった

さみしげな顔を、お互いに、それが最後だった

 

 


ここ何週間か僕は独りで色々考えてた
どうしてなんだろう 

どうしてなんだろう 

なんだろう

 

 

そう、ずっと考えてる

どうしてなんだろう

どうしてなんだろう

 

 

どうにかなってしまうかもしれない
そうなってしまうかもしれないものかもしれない
どうにかなってしまうかもしれない
そうなってしまうかもしれないものかもしれない

 

 

どうにかなってしまうかもしれないと思いつつ

きっとどうにもならないことを自分は知ってる

 

 

f:id:msn_mnn_mnn:20180218210428j:image

 実感がない

 

毎日悲しくて泣いてるのに

死んだんだという実感がない

 

確実に母はこの家にはもういない

何故いないのかも分かっている

溢れ出る涙は母のことを思ってだと分かってる

 

毎日毎日同じ日のことを考えるので、死んだ日のことを鮮明に覚えている

死んだ前の日のことも覚えている

 

 

遺影になってしまった母のことを、母と認識できていない

なんで死んだのか分かっていない

 

 

 

1ヶ月経った

あれから1ヶ月経った

1ヶ月と1日だ

今日は家から出なかった

いつも出てないじゃんと言われればそれまでだが

 

昨日は電照菊を見に行った

お母さんは電照菊を知らなくて、ドライブがてら見せにいった

そしたらまだ早い時間だったみたいでやってなかった

見せたかった

あの日の夜、それが起こる前の夜、見せに行こうと思ったのだ

ほんとうに

でもそれは阻止された

見せに行けばよかった

なんで私は行かなかった

見せに行けなかった理由を、恨んでしまう

誰も悪くないのに、あれがなければ、あれがなければ、と

そしてお母さんは電照菊を見ることなく、死んだ

 

今でも信じられない

1ヶ月経ったなんて信じられない

あの日から進めない

毎日、毎時間毎分毎秒、あの夜のことを考える

何1つ溢れることなく思い出せる

 

この人このままだと死んじゃうと寒空の下思ったこと

どうすればいいかわからなくて言葉にできずココアだけいれたこと

それから…

一日中、夜中じゅう、抱きしめてあげればよかった

棺桶に入った母のことを、抱きしめることは出来なかった

あれが、あの瞬間が、私と母の別れだった

 

朝起きたら母がいればいいと思った

でも起きてもいないことを、もう今の私は分かるようになってしまった

起きて思うことはお母さんは死んだってこと

 

家にある服や、物を見ると、これ私と母で買いに行ったなと思い出す

今考えると、よく一緒に買い物に行ってたと思う

もっと一緒にいてあげればよかった、いたかった、と、後悔する一方で、案外ずっと一緒にいたなと思うこともある

 

一緒にいたくせに

電照菊も、コスモス畑も、見せられなかった

ほんと馬鹿だ、わたし

 

 

 

毎日 毎日 たくさんのひとが命を落としている

小学生が OLさんが ひきこもりが 疲れたサラリーマンが

 

名も知らない その人たちを思うと つらくてつらくて涙が止まらない

 

みんな 死にたくて生まれてきたんじゃない

ほんとはね

 

苦しい

 

殺してほしい 死にたい 苦しい 生きていられない

 

この先何十年生きていくなんて辛すぎる

なんで生きているの?

 

随分前から、自分の未来が見えなくて、生きてる意味が見出せなくて、早く人生を終えたいと、願うようになった

でも、苦しいのは、怖い

死ぬのは怖くない

未練も、ない

生きていく方が、怖い

痛いのは、怖い

だから、自分で死ぬのは、できない

 

なんでこんなに自分の体は健康なんだろう

丈夫なんだろう

 

コタツで居眠りしたら死んだひとがいるから気をつけてね

 

その手があったかと、膝を打った

なるほど苦しくなさそうだ

でも分かるんだ

だってコタツで居眠りなんて何十年もやってきた

けどピンピンしてる

自分の体が丈夫なこと、こんなこと書いてるけど精神病になるおそれもなんもないこと、知ってる

 

願えば、そこに向かうんじゃないかと、思う

 

朝起きなければいい

事故死すればいい

強盗が入ってきて殺してくれればいい

そう願えば、私の体は、死に向かっていくんじゃないかと、思う

 

逃げたい

つらい

苦しい

 

誰も助けてくれなくていいから

私を殺して

ねちねちしたいわけじゃないけど、何故嫌なのか、何故モヤモヤしているのか、書こうと思う。何にもならないのだからただの愚痴だ。

 

まず、「映る時間が減る」

私は平野くんのファンなのでまぁ…おそらく目立って出番削減は無いと思う。が、今まで1分を3人で使っていたのが6人になるわけだ。単純に考えると1人20秒使っていたのが10秒に減る。雑誌のページだってそうだ。今まで3ページ与えられて1人1ページ使ってたものが半ページになるのだ。

歌割りもそうだ。今までの半分になるのだ。

今までだったらここもそこもあそこも平野くんが歌ってたはずなのにな〜ってねちねち思うだろう。

トキカケを見たが、うちの双子ちゃんはほぼ喋ることはなかった。6人になるってそういうことだわ、と感じた。

 

次に、与えられる楽曲だ。

今までKINGに提供されてきた曲・カバー曲と、Princeに提供されてきた曲・カバー曲、毛色が違うのは明らかだ。KINGはNEWSの曲をやることが多かったけど、それが良かった。オリジナル曲も柔らかな方向性で好きだ。

ジャニオタって、ガンガンかっこつけてオラオラしてる曲やダンスナンバーが好きだと思う。まぁそこは人によりけりなんだけど、人気があるのはそういった曲だと思う。私はそれが苦手だった。脱がなくていいし、色っぽい歌詞もいらないし、腰も振らなくていい。「癒し」が欲しかったのだ。私の需要とKINGの供給はガッチリハマっていたのだ。

もし、k&pが「勝つんだ」や「BTN」の路線でいくなら、私は振り落とされるだろう。全く好きじゃないのだ。

 

六人揃うと強いよね、って言葉、よく聞いた。担当からも、他担からも。

でも聞くたびに、モヤモヤした。だって私はそこに「強さ」なんて求めてないから。

欲しかったのは「暖かさ」だった。

 

「強さ」がみたいなら、他のグループを見ればいい。強くてかっこいいオラオラしたグループは他にたくさんある。KINGはそこを目指さなくていい、KINGらしいグループになればいい。

そう思っていたのが、今度は自分にブーメランされたみたい。

 

「癒し」を求めるなら、k&pを見なければいい。他の子を見ればいい。

過去の自分が、そう言っている。

 

まぁ、デビュー曲がオラオラ系なのか、癒し系なのか、はたまたファンタジー系なのか。その他なのか。分からないし。今拒否しているものが、あっさり受け入れられるかもしれないし。

 

好きだったのに、振り落とされるかもしれないんだな、と悲しくて寂しくて崖の淵に立っているみたいな感覚。

 

3人の声が聞きたいな。3人の歌が聞きたいな。

ただそれだけなのに…。