1ヶ月経った

あれから1ヶ月経った

1ヶ月と1日だ

今日は家から出なかった

いつも出てないじゃんと言われればそれまでだが

 

昨日は電照菊を見に行った

お母さんは電照菊を知らなくて、ドライブがてら見せにいった

そしたらまだ早い時間だったみたいでやってなかった

見せたかった

あの日の夜、それが起こる前の夜、見せに行こうと思ったのだ

ほんとうに

でもそれは阻止された

見せに行けばよかった

なんで私は行かなかった

見せに行けなかった理由を、恨んでしまう

誰も悪くないのに、あれがなければ、あれがなければ、と

そしてお母さんは電照菊を見ることなく、死んだ

 

今でも信じられない

1ヶ月経ったなんて信じられない

あの日から進めない

毎日、毎時間毎分毎秒、あの夜のことを考える

何1つ溢れることなく思い出せる

 

この人このままだと死んじゃうと寒空の下思ったこと

どうすればいいかわからなくて言葉にできずココアだけいれたこと

それから…

一日中、夜中じゅう、抱きしめてあげればよかった

棺桶に入った母のことを、抱きしめることは出来なかった

あれが、あの瞬間が、私と母の別れだった

 

朝起きたら母がいればいいと思った

でも起きてもいないことを、もう今の私は分かるようになってしまった

起きて思うことはお母さんは死んだってこと

 

家にある服や、物を見ると、これ私と母で買いに行ったなと思い出す

今考えると、よく一緒に買い物に行ってたと思う

もっと一緒にいてあげればよかった、いたかった、と、後悔する一方で、案外ずっと一緒にいたなと思うこともある

 

一緒にいたくせに

電照菊も、コスモス畑も、見せられなかった

ほんと馬鹿だ、わたし

 

死に向かって走る

 

毎日 毎日 たくさんのひとが命を落としている

小学生が OLさんが ひきこもりが 疲れたサラリーマンが

 

名も知らない その人たちを思うと つらくてつらくて涙が止まらない

 

みんな 死にたくて生まれてきたんじゃない

ほんとはね

 

苦しい

 

殺してほしい 死にたい 苦しい 生きていられない

 

この先何十年生きていくなんて辛すぎる

なんで生きているの?

 

随分前から、自分の未来が見えなくて、生きてる意味が見出せなくて、早く人生を終えたいと、願うようになった

でも、苦しいのは、怖い

死ぬのは怖くない

未練も、ない

生きていく方が、怖い

痛いのは、怖い

だから、自分で死ぬのは、できない

 

なんでこんなに自分の体は健康なんだろう

丈夫なんだろう

 

コタツで居眠りしたら死んだひとがいるから気をつけてね

 

その手があったかと、膝を打った

なるほど苦しくなさそうだ

でも分かるんだ

だってコタツで居眠りなんて何十年もやってきた

けどピンピンしてる

自分の体が丈夫なこと、こんなこと書いてるけど精神病になるおそれもなんもないこと、知ってる

 

願えば、そこに向かうんじゃないかと、思う

 

朝起きなければいい

事故死すればいい

強盗が入ってきて殺してくれればいい

そう願えば、私の体は、死に向かっていくんじゃないかと、思う

 

逃げたい

つらい

苦しい

 

誰も助けてくれなくていいから

私を殺して

ねちねちしたいわけじゃないけど、何故嫌なのか、何故モヤモヤしているのか、書こうと思う。何にもならないのだからただの愚痴だ。

 

まず、「映る時間が減る」

私は平野くんのファンなのでまぁ…おそらく目立って出番削減は無いと思う。が、今まで1分を3人で使っていたのが6人になるわけだ。単純に考えると1人20秒使っていたのが10秒に減る。雑誌のページだってそうだ。今まで3ページ与えられて1人1ページ使ってたものが半ページになるのだ。

歌割りもそうだ。今までの半分になるのだ。

今までだったらここもそこもあそこも平野くんが歌ってたはずなのにな〜ってねちねち思うだろう。

トキカケを見たが、うちの双子ちゃんはほぼ喋ることはなかった。6人になるってそういうことだわ、と感じた。

 

次に、与えられる楽曲だ。

今までKINGに提供されてきた曲・カバー曲と、Princeに提供されてきた曲・カバー曲、毛色が違うのは明らかだ。KINGはNEWSの曲をやることが多かったけど、それが良かった。オリジナル曲も柔らかな方向性で好きだ。

ジャニオタって、ガンガンかっこつけてオラオラしてる曲やダンスナンバーが好きだと思う。まぁそこは人によりけりなんだけど、人気があるのはそういった曲だと思う。私はそれが苦手だった。脱がなくていいし、色っぽい歌詞もいらないし、腰も振らなくていい。「癒し」が欲しかったのだ。私の需要とKINGの供給はガッチリハマっていたのだ。

もし、k&pが「勝つんだ」や「BTN」の路線でいくなら、私は振り落とされるだろう。全く好きじゃないのだ。

 

六人揃うと強いよね、って言葉、よく聞いた。担当からも、他担からも。

でも聞くたびに、モヤモヤした。だって私はそこに「強さ」なんて求めてないから。

欲しかったのは「暖かさ」だった。

 

「強さ」がみたいなら、他のグループを見ればいい。強くてかっこいいオラオラしたグループは他にたくさんある。KINGはそこを目指さなくていい、KINGらしいグループになればいい。

そう思っていたのが、今度は自分にブーメランされたみたい。

 

「癒し」を求めるなら、k&pを見なければいい。他の子を見ればいい。

過去の自分が、そう言っている。

 

まぁ、デビュー曲がオラオラ系なのか、癒し系なのか、はたまたファンタジー系なのか。その他なのか。分からないし。今拒否しているものが、あっさり受け入れられるかもしれないし。

 

好きだったのに、振り落とされるかもしれないんだな、と悲しくて寂しくて崖の淵に立っているみたいな感覚。

 

3人の声が聞きたいな。3人の歌が聞きたいな。

ただそれだけなのに…。

素直な気持ち

これは反射だけで書いたものです。


単刀直入に言うと、すごく、嫌だ。そして、「負けた」と思った。何に負けたんだろう。分からない。とりあえず私は負けたのだ。

平野くんを好きになったとき、そしてこの子がデビューするのを見たいと思ったとき、そのとき私は「どんな形でもいいからデビューしてほしい」と思った。それがソロでもKINGでもPrinceとでも他の子とでも。平野くんは目的のためにはなんだってする子だと感じた。だから我が我がで良いからこの子がスターになるところを見たいとそう思っていた。
好きになった頃、もうその頃にはキンプリは2つのグループになっていた。6人とも顔も可愛いしなんでこれでデビューしなかったのか、この6人でデビューできたら1番平和かもなと思っていた。
少し時間が経ち、私はMr.KINGを好きになった。「平野くんがいるグループ」から「平野くんはMr.KINGの一員」という認識になった。最初は、平野くんの友達(という言い方もどうかと思うけどあえて)だから2人のことも知らなきゃなと思って「KING」単位で見るようになった。過去の少クラや、毎月出るドル誌。それを追うにつれていつのまにか「Mr.KING」が大好きになっていた。
KINGの好きなところは、沢山ある。1番は雰囲気なんだろうなと思う。兄弟のような仲の良さ。お互いを尊重しあう姿勢。現代っ子らしいおとなしさ。
そんな「ホンワカ」した3人が、日々の癒しだった。

よく、「3人ではデビューは無理だ」と他担の人が言っていた。何で?と思った。私は、3人のMr.KINGが日本を癒してくれると本気で思っていた。いいじゃないか3人。たまには少人数でもいいじゃない。だって唯一無二だもの。ずっとずっと信じていた。
「平野くんがデビューできるならなんでもいい」から「Mr.KINGでデビューしてほしい」になってしまっていた。時間が経ち過ぎた。

信じていたものは、あっけなく消えた。平野くんの見ている先は、私の見ている先と全く違ったのだ。ショックだった。
そりゃあ、スターと一般庶民の見てる未来が一緒なわけがない。失礼だ。でも、勘違いした厄介なオタクは、平野くんは3人でデビューできると、天下を取れると思っていると、思っていた…。

新聞やインタビューの類はよく読めていない。声の大きいところしか知らない。何がどういうことなのか、理解はできていない。
かなり前、それこそキンプリ結成の時から平野くんは6人でデビューしたいと思ってたんだろう。そこは、分かる。そうだろうと。でも、2つに分かれてからも、それを望んでいた、のか、と、脱力した。斜め読みしかしてないから分からない。そういうことなのかは分からない。
私が好きになったのはMr.KINGだった。3人だった。でも平野くんは(他の2人は分からない)KINGでいながら、6人を望んでいたのかと、じゃあ私は一体今まで何を見てきたの?と、そう感じた。
平野くんにとってMr.KINGが1番特別であってほしい、という思いは、ただの厄介なオタクの押し付け。

私だって、大手を振ってお祝いしたい。喜びの感情だけでおめでとうって言いたい。
なんでこんな、1番1番待っていて望んでいた日を、私は祝えないんだ…?

こんな嫌な感情になるなら、出会わなければ良かったねなんてメンヘラ女みたいなことを思いそうになる。でもやっぱKINGを好きになってからの期間はとっても楽しかったから、出会わなければ良かったなんて思わない。

これから自分が「キンプリ」を応援できるのかは分からない。
平野くんのことは好き。れんくんもかいちゃんのことも好き。Princeのことだって好きだ。6人で幸せになってほしいと、心から思う。

中途半端な感じだがここで終わる。結論が出せるわけもない。
昨日思ったことと、今日思ったことは違う。明日思うことも明後日思うことも違うだろう。変わることは、許してほしい。誰に、というわけではないけど。
書いたら、スッキリ…はしてないが、あぁ自分はこう思ってるんだと確認することができた。私は、こう、思っている。

先日、母親が死んだ。

突然すぎる死だった。

10日ばかり過ぎるが、頭は冴え切らない。

ぐるぐる ぐるぐる 同じことばかり考える。

答えの出ない問答を一日中。一日中。

 

 

通夜に、母親と繋がりのあった、家族ではない知り合いから手紙が届いた。

その手紙の中の言葉に、一瞬希望が閃いた。

 

 

悩みも苦しみもない世界で暮らしてください

 

 

棺桶に入れて焼いてしまったので

後半部分は原文ままではない。

 

悩みも苦しみもない世界

 

その一文は、血縁の私には思いつかなかった想像だった。

 

母は悩んでいた。

苦しんでいた。

 

それを、助けられなかった。

 

人は、人の悲しみを知ることはできない

苦しみも分かることはできない

 

そう思っていた。

だから私は放棄したのだ。

母の悩みも苦しみも悲しみも寂しさも、

なんの根拠もない「大丈夫だろう」という感情に押し流され、母を助けられなかったのだ。

 

失って、

母の身体がどれだけ冷たくなっていたかとか、

母がどれだけ寒さに身を凍えさせていたかとか、悩みであたまを抱え、毎日毎日、苦しみと戦っていたかとか、

失って気づいたのだ。

 

何もかも遅い。

全部遅い。

だってもう母はいない。

 

どれだけ後悔しても

この後悔はなんの役にも立たない

後悔すれば母が戻ってくるなら、私はこの後悔を一生しよう

でもそんなことは全くないのだ。

だからといって後悔しない日は来ない。

私は毎日、毎日、この食えもしない後悔と、毎日戦っていくのだ。

 

 

悩みも苦しみもない世界へ、母が行けたのなら……

 

 

ついにこの日が来てしまった。

この日と言ったがこの日の「前日」である。

あっという間だったな。

まさなちゃんがアイドルを卒業する日。

SKEを卒業する日。

本当にそんな日来るんだな。びっくりだわ。

 

私は在宅だったゆえ、まさなちゃんを見たのは両手で数えきれるレベル。なんなら片手かもしれない。

 

劇場にも行けない、コンサートにも行けない、握手会も行けない

 

そんなオタクが、5年間オタクでいれた。

 

まさなちゃんは家にいても応援できる

「応援させてくれる」

「応援してると思わせてくれる」

アイドルだった。

 

現場に来ないオタクはカスだとか

まぁこんな言い方はしないけどそう言うふうなことをいうアイドルは、いる。

 

でもそんなこと勿論言わないし、醸し出すこともしなかった。

 

まさなちゃんが今日もアイドルやってる、元気で生活している

 

そのことだけで、5年間ファンでいれたんだよ。

それって、すごくない?

 

対面しなくても、心と心で、アイドルとファンが繋がっていれた。

 

まさなちゃんは凄い人です。

 

彼女のおかげで大学も卒業できたし

迷ったり悩んだりすることがあれば、彼女のブログを読めばそこには答えが載っていた。

いつも真っ直ぐで、誠実な人だったから。道しるべになってくれていました。

 

歌って踊って笑ってる彼女は、可愛くて、最高にかっこよかった。

まさなちゃんのknknした独特な声、ちょっとヘタウマなかわいい歌声、しなやかなダンス

歌番組でSKEが出てるとき、まさなちゃんをすぐ見つける方法は、1番楽しんでる子を見つけること。端っこでも後ろでも、1番1番笑顔で楽しそうに踊ってた。

 

それもそれも、明日で終わり。

歌って踊るまさなちゃんは、明日で終わり。

 

寂しいけれど、きっとまた見れると思うから。

12月からは違う道。

その道にファンも連れてってくれるなら、とても幸せなことです。

 

ひとまず、まさなちゃんのSKE最後の日が、幸せで包まれますように。

それだけお祈りして、おやすみなさい。